先日ご報告した縁者につきましては、お通夜・告別式が滞りなく完了しました。
このような時期ですので、葬儀は斎場で必要最小人数の家族葬で行い、久々に「葬」の行事に触れたのですが、葬儀屋における遺族への距離の詰め方が「これどうなん?」と疑問に感じることがあったので書き留めておきます。
けっこう取材する
待機状態の遺族にあれこれ聞くのですが、住職による式の前後に入れるナレーションの為の取材ですね。まあ理屈としては分からなくもないのですが、そもそもそのナレーション要る?というのがあって。
これが結婚式とかおめでたい話なら、取材してナレーションをカスタマイズしてというのも良いと思うのですが、あれこれ聞いて回っている様子が少々「うるさいな」というのが正直な感想でした。
葬儀の場合はそこまでの過剰サービスはいらず、定型文のナレーションでいいような気がします。
けっこう誘導する
「話しかけてください」「顔見てください」とけっこう誘導してきます。いやぁ…別に言われなくてもやるけどね、と思ってしまいます。
出棺前の「これが最後のひとときですので」という念押しはアリかなとは思いますが。本当の最後なので、そこで遠慮してしまって後悔するというケースはあるかもしれない。
しかし、入場時の誘導は雑
それでいて、ロビーから葬儀会場の入場時には「前から詰めてお座りください」となんか雑。
親戚縁者の間で、こういう時の席順とか、立場順だとか近しい子供や孫を前へみたいなことは、特に高齢者になればかなり気にするじゃないですか。そこには寄り添わないのかよ、と微妙な気持ちに。
まあ、我が一族は無視して並び替えて座ってましたが。
自分も歳を取ると考え方が変わるのか?
とまあ心の中で色々ダメ出ししていたわけですが、こういう一連の距離感も、受け止める側によっては「遺族に寄り添っている」というプラス評価に繋がるのでしょうか?今の僕はとうていそうは思えませんが、年齢を重ねると感じ方も変わるのかもしれませんね。
そもそも、子孫を残す予定のない僕としては、自分が死ぬ時にはどうすべきかという問題もあるのですが…。